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【アニメ】喰霊零の評価(ネタバレあり)黄泉との出会いと別れ 

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アニメ
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アニメの概要

本作は2008年に公開されて、2005~2010年の漫画『喰霊』の前日譚を描いている。内容はアニメオリジナルであり、監督はあおきえい、制作はアスリード&AICスピリッツ。監督は後に『Fate/Zero』を、制作会社は『未来日記』を担当してる。公開時は1話の仕掛けで話題になった。

評価★★★★☆

圧倒的ストーリー構成力

1話で当初主人公と称されていた人物たちの衝撃的な死、2話でラスボスとの戦いを描き、3~9話で2話に至るまでの過去を描いている。そして、10~12話で作品のテーマを完結させる構成になっている。悲劇的な結末を既に提示して、先が気になる展開にすることを可能にしていた。また、各話に無駄が無く(いわゆる水着回やギャグ回など、ストーリーとしては不要な回が存在しない)、前半の日常シーンも後半のシリアスシーンの伏線となっている。

本作は、原作漫画という「基礎」があり、それを元にアニメオリジナルの前日譚という「構造物」と作成する形式だ。そのため、キャラクターや設定を検討する負担が減り、ストーリー構成に力を入れられたのではないどうか。

斃れていく登場人物

喰霊零 12話より

戦闘系アニメでは、派手なバトルを繰り広げるもののなぜか死者は出ない…ということも多いが、本作では多数の殉職者が出る。12話では、『アカメが斬る!』の終盤を思い出す、賑やかだった対策室が静かになってしまったシーンが印象的だった。神楽の「意味のある死に方なんてあるのかな」という台詞は強烈で、どんなに取り繕っても溢れ出る悲しみを表現している。

感想、考察

愛するものを、愛を信じて殺せるか

喰霊零 12話より

本作のテーマは「愛とは相手を理解すること」だ。

物語中盤で黄泉は「理解して力になって欲しかった」のだが、神楽は「勝手な思い込みを押し付けて、黄泉を傷つけていた」。黄泉は「会いに来てほしい」のに、紀之は「黄泉の無実を証明できるまでは会いに行けない」と言う。結局、神楽も紀之も、愛していると言いながら自分の都合を押し付けていただけだったのだ。本当に「愛している」のであれば、黄泉を理解しようとしなければならなかった。このすれ違いが悲劇を呼ぶことになったのだ。

また、神楽と父の雅楽もすれ違っている。危険が伴う退魔師になっても神楽に生きてほしいという思いから、雅楽は神楽を厳しく鍛えてきた。しかし、神楽はもっと父と交流したかったのではないだろうか。父の最期の会話で雅楽は「どんな話をしていいかわからない」と言う。雅楽が神楽を愛しているのであれば、寂しい神楽をもっと理解するべきだったのかもしれない。

物語のラストで神楽は黄泉を殺す。黄泉はもはや悪霊と化した自分は殺されるべきと考えていて、神楽は、愛している黄泉を「理解して」とどめを刺したのだ。

痛みを忘れず、思いを全て背負う

喰霊零 11話より

終盤、神楽の父雅楽の「本当に強くなるなら全て背負え。人を人として守るなら、思いを捨てるべきではない。」、ナブーの「痛み、忘れる。もう傷つかない。でも大切な人作れなくなる。俺達のように」という台詞があった。「相手の事を忘れて自分本位に生きるのは簡単だが、人と分かり合えなくくなる。困難な道だが理解することが大事だ。」ということを言っているのだろう。

まとめ

自分の気持ちを、大事な人に押し付けていないだろうか。理想の押し付けが相手を傷つけているかもしれない。私も誰々は「~あるべき」「~してほしい」「~しなければならない」と思っていたところがあった。まずは相手を「理解する」ことから始めようと思う。

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